>ビルケンシュトックの歴史(History)
ビルケンシュトックの歴史(History)
ビルケンシュトック創業からの概略歴史年表です。意外にもはじめは、靴を作っていたメーカーでなかったんですね。ドイツでは、職人さんのことをマイスターといいその道のプロの称号が今も与えられているようです。 そういうことからも質の高い職人がたきの技術が今も活かされているのです。*****************
1774年 ドイツにて、ヨハネス・アダム・ビルケンシュトックが「臣民のシューマイスター」と記録された事からビルケンシュトックの歴史が始まりました。
1896年 製靴マイスター コンラート・ビルケンシュトックが足裏の凹凸にあわせた中敷(現在のフットベットの原型)の第一号を考案。
1902年 柔軟な材質で凹凸のあるアーチサポートの開発にこぎつけこれにより本格的に中敷の生産を開始する事になります。
1914年 第一次世界大戦勃発時 負傷兵ひとりひとりに合わせた整形用、オーソペディック・シューズ製作工房の開設を委託される事となる。これを気に医学博士の目に留まり、近代医学の後押しを受け発展していく事になります。
1925年 コンラート・ビルケンシュトック・ジュニア(コンラート・ビルケンシュトックの孫)により、「ブルーフットベット」の量産化に成功。「フットベット」がビルケンシュトックのトレードマークとして商標登録されます。 さらに医学専門書「足の整形外科ビルケンシュトック方式」を出版し医学界において確固たる地位を確立。
1954年 カール・ビルケンシュトック(コンラート・ビルケンシュトック・ジュニアの息子)が、足の健康に好ましくない形状の靴にこのフットベットを入れることに矛盾を感じフットベットを使用したサンダルの開発に着手。(ここで気がつきました!いままで中敷の会社だったんですね。)
1965年 ファーストモデルとしてマドリッドが商品化されました。(マドリッドと言えば2005年は雅姫さんの履いたデイジーラベンダーやイングリッシュガーデンブラックが40年後に注目されるわけですね。)
1960年代後半 ヒッピームーブメントにより若者中心にデザイン性も認められる。
1979年 ザンクト・カタリーネン(ドイツ)工場にて穿孔機が運転を開始。
1983年 日本上陸 自然な形が注目を集める。
1987年 全てのサイズが2種類で発売
1989年 ファッション性を取り入れたブティックシリーズがラインナップ
1991年 パピリオブランド設立
1992年 ハンドステッチコンフォートシューズを発売のちのフットプリンツブランドとなる。
その後も環境にやさしい独自の生産の近代化により製造工程も進化し、品質の保持とmade in Germanyにこだわり続けます。